おみるのつぶろぐ

0歳児の育児と自分の好きなこと・ものとの両立を夢見る主婦のブログ。

【出産体験記】3時間の死闘レポ

こんにちわ。

今日は、既に遠い昔のことのような、出産のことについて振り返りたいと思います。

(妊娠中のお話はコチラ↓)
omiru.hatenablog.com

 

私は予定日を3日過ぎた、40w3dの朝に第一子となる女の子を出産しました。お世話になったのは総合病院です。

陣痛を疑い病院に到着してから出産まで約3時間と、非常にスピーディーな展開で忘れられない体験をしました。

 

 

 

出産前日

正産期に入った37週頃から、前駆陣痛らしき痛みが夜寝る前にあったのですが、週に一度の検診では、お産が進んでいるような兆候はありませんでした。39週での検診では「子宮口の開きもまだまだ。予定日は過ぎそうだね〜」と。

お医者さんからそう言われていたこともあり、予定日超過は覚悟していたので、特に焦らずいつも通りのんびりと過ごしていました。

(臨月のぐーたら生活のお話↓) omiru.hatenablog.com

 

いつも通りのんびりと過ごし、夫と夕食をとって、ストレッチをして22時過ぎに就寝。

この時も少しだけ前駆陣痛のような腹痛がありましたが、いつものことかと気にせず寝たのです。

 

出産当日(陣痛〜病院へ)

前駆陣痛はありましたが、眠れる程度の痛み。22時過ぎに眠り、夜中の1時頃に尿意で目が覚めました。これもいつものこと。

トイレを済ませてもう一度寝ようとしたのですが…痛くて眠れないのです。

まだ痛みの間隔も不規則だし、きっと前駆陣痛だろうと痛みに耐えて寝ようとするのですが、やっぱり痛くて眠れない。1時間程痛みに耐え、2時過ぎに病院に電話をしました。

「一応、入院準備一式を持って病院に来てください」と言われたのです!

ついにキターーーーー!!!

と、すごく痛いんだけどテンションがあがる私。夫を起こして病院へ向かうのでした。

 

3時頃病院到着。

内診をすると、「子宮口6cm開いてる!もうすぐ破水するかもね!」と。どうやらこのままお産らしい。展開が早すぎて頭がついていかない間に、あれよあれよと陣痛室へ通されました。

 

陣痛室での過ごし方

コロナウイルス感染防止のため立ち会い等全てが禁止されており、陣痛室の前でお別れでした。

夫の立ち会いNGとはいえ、誰か助産師さんがついて腰をさすってくれたり、一緒に呼吸をしてくれたりするのかな〜なんて淡い期待をしていました。しかし、期待も虚しく「何かあったらナースコールしてね」と言って去ってしまう助産師さん(涙)。絶望しました。事前に買っておいたペットボトル用の蓋付きストローを装着するのにも一苦労。痛みでもがいた拍子にスマホをベッドから落としてしまい、また絶望。。「スマホ拾ってもらうためにナースコールは申し訳ないな」と諦める臆病な私なのでした(^_^;)陣痛間隔の間、気持ちを紛らわせる術を失った私は、ひたすら陣痛室の時計を眺めて過ごすのでした。(もちろん、立ち会い無しでもしっかりサポートしてくれるケースが多いと思います。お産が重なっていたとか、コロナの影響とか、理由があったのだと思います。いや、そうだと信じたい。)

そうしているうちに尿意を催し、ナースコールをすると、「一応内診するね。あ、これ尿意じゃなくて赤ちゃんね。破水寸前、もう産まれそうだから分娩台行きましょう」と。

陣痛室で過ごした時間は1時間強でしょうか。

 

分娩台へ…いよいよ出産

そうして4時半頃、分娩台へ。

担当の助産師さんが2名付いてくれて、呼吸法やいきむタイミングなど指導してくれます。

なかなか破水せず、助産師さんが人工的に破水をさせてくれて、いよいよいきむ時がきました!!

「鼻からスイカ」も納得ですが、個人的には「お股にボーリングの球が詰まって、それを自力で出す!」そんな感覚でした。

助産師さんに言われるがままに4回程いきみます。

5:39、「どぅるん!!」と、ついに娘が産まれてきてくれました。全身を真っ赤にして、髪はべったりと濡れて、片目をつぶって、必死な姿で出てきてくれました。それはそれは、とても愛おしい姿でした。

娘は一度諸々の処置のため連れていかれ、その間に私は胎盤や会陰裂傷の処置をしてもらいました。

会陰切開は許可していたのですが、切開する前に激しく裂けてしまったようで、処置に時間がかかりました。私の出産を振り返ると、陣痛よりも、いきんでお股が裂けたときよりも、この裂けた会陰を縫われているときが一番痛くて辛かったです。自然に溶ける糸で縫ってもらったのですが、糸が無くなる1ヶ月程は痛みに苦しめられました。

 

カンガルーケアできず…

アドレナリンが出まくっていたのか、私はお産中も、娘がお腹から出てきたあとも、自分自身すごく元気なつもりでした。でも、元々の体質と出産での出血でかなりの貧血状態になっていたようで、身体の震えが止まらずカンガルーケアが叶わず。自分はこんなに元気なのにガタガタ震えを止められない…出産は何があるか分からないことを実感しました。

少し落ち着いてから隣に娘を連れてきてくれて、助産師さんに写真を撮ってもらいました。もちろん残念な気持ちはありますが、それだけでも充分幸せな時間でした。

その後も立ち上がれるようになるまで半日ほど休ませてもらい、母子同室の入院生活(過酷な合宿生活)がはじまりました。

 

出産を振り返って思うこと

よく「産んだら痛みは忘れるよ」とか言いますが、それは人それぞれだと感じました。なぜなら、私の場合は死ぬほど痛いと聞いていた陣痛は覚悟をしていたからか耐えられるレベルでしたが(いや、めちゃめちゃ痛いし大事故レベルなんですけどね)、会陰裂傷の痛みの方が100倍痛かったからです。

 

人それぞれ、色んなお産があります。

それが痛くても、痛くなくても、産まれるまでが長時間でも、短時間でも、命がけで尊い経験だということは共通すると思います。

 

あっという間に成長していく娘についていくので必死ですが、たまに出産の時を思い出して、母としての初心を思い出したいと思います。

 

長文駄文、お読みくださりありがとうございました。

 

本記事はあくまで筆者の体験談です。症状を説明したり医学的・科学的な根拠を保証したりするものではありません。

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